もとの隅田川は利根川の下流であったが、その利根川が1629年洪水のため埼玉県熊谷の久下で締切られて荒川が形成され、以後隅田川は荒川の下流となった。隅田川自体は江戸幕府により治水工事がよくなされて洪水が発生したことはなく、湿地帯を開発した本所深川付近で大雨時の浸水があった程度であるといわれる。水害よりも江戸の街に多発した火災に関係することが多かった河川である。
隅田川の長さは、河口から荒川との分流点まで23.5kmであり、そのうち河口近くの勝鬨橋から千住大橋までを両国橋で半分に分け、勝鬨橋・両国橋コースと両国橋・千住大橋コースとに分けて案内する。どちらもやや短いコースとなるが、絵画や句碑、説明などや見物する所が多く、少し道草をしようかとそそられる場所が多いことを考慮した。また川沿いをひたすら歩くだけなら、この2つのコースをあわせて20km弱であり、1日で踏破することも可能である。
隅田川に関連する2.5万分の1地形図を図-3.1に示す。荒川から分流したのちほぼ南流している。